モモ太郎、虹の橋へ



ミニチュアダックスフントを初めて目の当たりにし触れ合ったのは妻と出逢ってからでした。妻が私と知り合う前から飼っていた子で、8年程前のことになります。

その子の名前はモモ太郎。人見知りをする子なんですが、私との初対面では意外になついてくれました。なんと愛らしく可愛い子なんだろうと思いました。

昔から犬にはよく吠えられていましたから私も嬉しく思ったのを思い出します。そんな様子を微笑ましく妻は見ていました。

それからしばらくして、私達は結婚をし、妻はモモ太郎と一緒に大阪からここ宮崎に来てくれました。見知らぬ土地で不安な妻の傍にいつもいてくれたのはモモ太郎です。

モモ太郎がきっかけで、妻にも宮崎で友達ができました。年末には我が家に友達を招き忘年会をするのが恒例となりました。たくさんのダックスが来てくれて人見知りのモモ太郎にとっては迷惑だったと思いますが楽しいものでした。

内弁慶ということもあり自分のテリトリーに他のダックスが近付くと、外で見せる大人しいモモ太郎とは違って俺様の領域に入るなと言わんばかりに吠えるんですね。

 

モモにお手

モモにお手

ボールを取られた輝

ボールを取られた輝

2005年11月に輝が生まれ、輝の教育係になったモモ太郎です。輝もモモ太郎に似て、優しく穏やかな性格に育っています。

輝が泣くと、すぐに近くに寄って行って涙をなめてなだめるんです。息子はそれが嫌でさらに泣いていましたが・・・

モモ太郎と輝は歳の近い兄妹のようにいつも競い合っていました。妻にだっこをねだったり、オモチャを奪い合ったり。兄妹のいない輝にはいい刺激にもなりました。

 

家族でサイクリング

家族でサイクリング

サンビーチで散歩

サンビーチで散歩

休日になると、散歩にもよく出かけました。キャリーや自転車の前カゴが大好きで、身を乗り出して風を切っていました。

モモ太郎の特徴は耳毛が長いことです。ロン毛の時のキムタクに何となく似てるんです。エレガントに耳毛をなびかせて皆の注目を集めていました。

次第にファインダーにモモ太郎がフォーカスされることも少なくなりましたが、何処へ行くのも一緒でした。

そのモモ太郎ですが、10月4日(月)に体調が急に悪くなり、5日から9日(金)までは動物病院に入院しました。妻がその間、動物病院に行きモモ太郎の具合を看ていましたが、一時は回復基調となったものの回復するまでには至らず、8日(木)には発作でモモ太郎が苦しそうだと妻から連絡を受けました。

会社から帰宅して妻からモモ太郎の状況を詳しく聞くのですが、全然実感が沸かないのです。動物病院の先生と相談して、明日9日(金)からは自宅で看ることを勧められました。その意味するところは頭では分かっているのですが、入院中のモモ太郎を見ていない私は、どこか受け入れられないでいました。

9日(金)の仕事を終え帰宅しました。玄関を開ける前、いつものようにモモ太郎が玄関まで出迎えに来てくれているような気がしてならなかったのですが、妻がモモ太郎に付き添い体をさすっている姿が目に入りました。ちょうど発作が起こっていて、牙を剥き出して歯をガクガク言わせている変わり果てたモモ太郎の姿がありました。足も電気ショックでも受けているかのように激しく動きます。

発作が治まると、問いかけに対して反応するのです。だから余計に苦しいのではないかと思うのです。自分で寝返ることもできず、体勢を変えて欲しい時は、「ク〜ン ク〜ン」と弱々しく鳴きます。自分の力で動くことが出来なくなってさぞ歯痒いだろうにと、涙が出そうになりましたが、奇跡を信じていましたのでグッと堪えました。

Momo & Neo & Trinity

Momo & Neo & Trinity

発作は周期的に起こります。脳、あるいは心臓が体内で発するエネルギーを電気信号に変換して放電し、命を絶とうとしているのか? もうとても見ていられるものではないと思いましたが、モモ太郎には生きようとする意思がありました。

こんな時、私ができることはレイキを流すこと。モモ太郎は発作が起こるので寝ることができていません。発作の周期を遅れさせちょっとでも眠れるようにしてあげたい。そうすれば少しは休まるのではないかと、モモ太郎に必要なところに必要な分だけレイキを流してやろうと思いました。これが自ら発する熱なのかと思うくらい体が熱くなり、そのレイキをモモ太郎に流し続けました。

「モモ、最近散歩に連れて行ってあげてへんかったやん、明日は休みやし行こか!」などと声をかけながらひたすら流しました。何度か発作を起こしながらも夜中に呼吸が落ち着いてきたので確認すると、寝ていました。スポイドで水をあげると飲んでくれたので嬉しかった。

安定したのは、11日(日)の朝方までで、それ以降はまた発作が周期的に起こるようになり、ある時点から電気信号の振幅(痙攣)が小さくなっていくのが分かりました。12日(月)の3時頃、家族でモモ太郎に言いました。「もう苦しまなくていいよ。モモはもう十分に頑張ったから。」と。

その日の朝10時頃、モモ太郎は虹の橋へと旅立ちました。

息子の輝は死というものがどういうものなのか理解できずにいましたがペットの火葬場に行った時に、「モモを燃やさないで(T T)」と泣きじゃくり「モモを連れて帰る、連れて帰る、モモ、モモーッ!!」と叫んでいました。

モモ、モモが旅立ってから、モモの存在が我々家族にとってどれほど大きかったか知りました。

朝からうるさいな!

朝からうるさいな!

明かりの消えたリビングに置き去りなった風船に、モモ!?
と思ったこともあります。

妻も毎日モモの夢を見ます。

輝は今まで書いたことなかったモモの絵を自ら描きました。

大切な思い出をありがとう! モモはこれからもずっと大切な家族です。

 



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