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「ワタシハ、ヒコーキノイエカラ…」宮崎のテニスコートで出会った飛行機の家の住人ブルースさん

前回は、オレゴンの森に眠る「飛行機の家」に突撃した様子をお伝えしました。

今回は、そもそもNeo隊長がなぜブルースさんと知り合ったのか、というお話です。結論から言うと、「飛行機の家から来ました」という冗談みたいなひと言は、100%本当の話でした。そのひと言が、わたくしをオレゴンまで連れて行くことになります。

シーガイアでの出会い

ブルースさんと出会ったのは、2013年ごろ。宮崎のシーガイアで開かれたテニスの大会で、対戦したのがきっかけでした。

試合のあと、「どちらから来られたのですか?」と尋ねたわたくしに返ってきたのは、人懐っこい笑顔と、アメリカ人特有のなまりのある日本語。

ワタシハ〜、ヒコーキ ノ イエカラ…キマシタ!

なんか訳の分からんこと言いよる人やな〜

というのが、正直な第一印象でした。飛行機の家って、どういうこと? 「アメリカンジョークかな?」と、そのときは軽く聞き流していました。

ずっと「ジェイムス」

その後、ブルースさんとはテニス仲間として、コートで顔を合わせるようになりました。

ところがNeo隊長、とんでもない勘違いをしていたんです。ブルースさんのことを、ずっと「ジェイムス」と呼んでいたんですね。

気づいたのは、ほかの人が「ブルース」と呼んでいるのを聞いたとき。「え、ブルース? ジェイムスちゃうの?」と。

「ス」しか合ってないやん!

当時のFacebookには、「ごめ〜ん ブルース」と書き込んでいました。

でもブルースさん、「ジェイムス」と呼ばれても、何気なく振り向いて話してくれていたんです。ひと言も訂正せずに。優しいのよ。

飛行機の家は本当の話だった

冗談だと思っていた「飛行機の家」の話が本当だと分かったのは、宮崎公立大学のコートで一緒にテニスをしていたときのこと。ある日、ブルースさんが缶バッチを見せてくれました。

黒い缶バッチには「A Boeing 727-200 Home Project」と、飛行機の家の公式サイトのアドレス。青い缶バッチには「A Boeing 747-400 AirplaneHome Project in Miyazaki」と書かれていました。

“That thing’s real?!”(え、本当のことだったのか……!?)

それは冗談でもなんでもない、100%リアルな事実でした。しかもブルースさん、オレゴンの727だけでは飽き足らず、次はジャンボ機(747)を家にするという夢まで持っていたんです。

オレゴン行きを決意

画面越しでも圧倒される規格外のスケールに、すっかり魅了されたNeo隊長。「これは絶対に自分の目で見に行かなければ!」と、オレゴン行きを決意しました。

その間に、飛行機の家は日本のテレビでも紹介されるようになります。2018年5月には、フジテレビ系の「極タウン」で放送されました。

そしてついに、2019年6月。わたくしは飛行機の家へ向かうことになりました。

テニスコートでの「ヒコーキ ノ イエカラ…」から、約6年。まさか本当に行くことになるとは、あのときは思ってもみませんでした。

次回は行き方

次回は、飛行機の家を目指した渡米ルートをご紹介します。なぜアメリカに行くのに、カナダのバンクーバーを経由したのか? ちょっとした裏技のお話です。

前回の突撃レポートは、こちらからどうぞ。

特集「飛行機の家」の全5回は、こちらからどうぞ。

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